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今週の話材「世界遺産」

世界遺産・姫路城の天守閣を23円50銭で売り飛ばした維新政府

[ 古川愛哲<ふるかわ・あいてつ>(フリーライター)]

世界遺産に登録された姫路城、国宝・彦根城、そして古都京都の法隆寺に奈良の興福寺…。いずれも日本が世界に誇る文化遺産だが、かつてそれらを破壊し、二束三文で叩き売ろうした時代があったことをご存知だろうか。

姫路城の天守閣を23円50銭で売り飛ばしていた維新政府

お金がなくて〝徳川時代の遺物〟を売りに出した明治政府

 こだわれば、江戸時代は「城」という言葉を使わなかった。
 「お城」である。

 それほど尊重された「お城」だが、江戸幕府瓦解後、維新政府は「徳川時代の遺物」と目の仇にした。
 明治6年には「城郭廃棄令」を出して城を破壊し、二束三文で払い下げ始めた。

 姫路城(兵庫県)の天守閣は、23円50銭! 巡査の初任給4円、教員5円の時代で信じられないほど安い。

 江戸時代の象徴である「お城」への蛮行が全国で頻発したのである。

 明治維新後、全国の「お城」は180を超えたが、そのうち天守閣が残ったのは12の城に過ぎない。
 ちなみに姫路城(世界遺産)の天守閣は現存なので、23円50銭で落札した城下商人は、権利を放棄した。理由は、天守閣の瓦をはがして売りつもりが、解体工事費がかさんで採算が取れなかったからと伝えられる。

 松江城(島根県)は明治8年、陸軍省が天守閣を取り壊して、180円で売り飛ばすことにした。当時の1円は江戸時代の1両なので、180両に過ぎない。ならば、と旧出雲藩士の高木権八と豪商の勝部本右衛門が、ポンと180円で買って、天守閣の破壊を禁じた。後、松江城は重要文化財に指定されている。

 彦根城(滋賀県・国宝)も明治11年、天守閣に800円の値がついた。ときの内閣総理大臣の月給程度だが、これは城主の井伊家に近い筋から明治天皇の耳に入り、一時修繕資金1,624円が下賜されたので存続した。修繕費のほうがはるかに高い。

 サイフが空っぽの明治政府が、財政的理由から「城の払い下げ」政策を出したようである。

 狙われたのは元・お城だけではない。明治維新とともに出た「廃仏毀釈令」で、名門寺院の持仏や建築も売りに出された。

 奈良「興福寺」の五重塔は25円(250円との説も)、三重塔は30円で、ともに孫三郎なる商人が落札。孫三郎は、塔を焼いて金具を回収する計画だったが、それを知った付近住民の「危ない!」という強硬な抗議で沙汰止みとなった。

 これらすべてが実現していたら、奈良と姫路の世界遺産もなく、国宝も残らず、観光地は閑古鳥が鳴く。明治政府の評価も大きく変わったに違いない。

尾張名古屋は城でもつ…その真意は?

 一方、「城郭廃棄令」の犠牲にならなかったのは名古屋城(愛知県)である。

 明治11年、初めて名古屋城を訪れた明治天皇は、登楼した天守閣に魅惑された。その後、明治26年から昭和5年まで、約37年間も名古屋城は離宮となった。
 「尾張名古屋は城でもつ」である。

 なかでも「金鯱」は江戸時代から尾張藩を守っていた。ご存知金鯱とは天守閣の屋根で、しゃっちょこ立ち(鯱立ち)している2つの金の鯱のことである。

 全長2メートル50センチの金鯱は、金メッキではなく、木製の骨組みを鉛と銅で覆い、その上に黄金の鱗230枚、蛇腹16枚をつけていた。鱗は大きいものでは25センチ四方、蛇腹も長さ1メートルの純金である。
 この金鯱が天守閣で2匹も輝いている姿こそが「金城」の異名をもつ所以で、徳川御三家・尾張藩の威光を天下に轟かせた。

 黄金の鯱なので尾張藩は、金鯱を地上に降ろして、黄金の鱗と蛇腹を何度も付け替えている。別に可愛がって手入れしたのではない。金鯱を鋳つぶすと、「小判にして1万7,975両」となったからである。

 大工の賃金1両は今日の32万円とされるので、換算すると金鯱は57億5,200万円。尾張藩は財政逼迫すると、金鯱を改鋳して金の含有量を減らし、財政赤字を補填したのである。
 少なくとも江戸時代に3度やったので、金鯱は尾張藩の貯金箱みたいだものだった。

 健在だった名古屋城天守閣だが、アメリカ軍の空襲で燃え上がり、あわれ金鯱も溶けて、「カレー粉のようなもの」となり、その量300グラムしかなかった。この残骸はアメリカ軍に接収されて、21年後の昭和42年に返還されたが、なぜか6.6キログラムと22倍にも増え、いまは金の茶釜と化して展示されている。金鯱、じつは文福茶釜みたいな話ではある。

 最後は明石城(兵庫県)。旧明石藩士が破壊絶対反対をして城に立てこもり、城郭を外人に高く売ろうとした勘定奉行は責められて切腹している。それほど家臣によって「お城」は大切な存在だった。

 今日の世界遺産や国宝、重要文化財は、新政府の意図に反して、敗者の武士と民衆が貧乏しても守ったものでもある。

▼「今週の話材」
著者 : 古川愛哲<ふるかわ・あいてつ>(フリーライター) 1949年、神奈川県に生まれる。日本大学芸術学部映画学科で映画理論を専攻。放送作家を経て、『やじうま大百科』(角川文庫)で雑学家に。「万年書生」と称し、東西の歴史や民俗学をはじめとする人文科学から科学技術史まで、幅広い好奇心を持ちながら「人間とは何か」を追求。著書に『「散歩学」のすすめ』(中公新書クラレ)、『江戸の歴史は大正時代にねじ曲げられた サムライと庶民365日の真実』(講談社プラスα新書)などがある。
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