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今週の話材「インチキ宗教」

金だけでなく命までも!インチキ宗教の神仏をも恐れぬ手口

[ 古川愛哲<ふるかわ・あいてつ>(フリーライター)]

「宗教ほど儲かる商売はない」といわれる。そんな陰口を叩かれるのも、宗教の名をかたって金儲けをする輩が後を絶たないからだ。今回のテーマは、神様を隠れ蓑に人々から金を巻き上げる江戸の“信仰ビジネス”。

金だけでなく命までも!インチキ宗教の神仏をも恐れぬ手口

信じる者に救われる? 江戸の御開帳ブーム

 「信じる者は救われる」

 というが、信じる相手を間違えるとトンデモない目に遭う。お隣の韓国では、新興宗教家を父にもつ大統領の“親友”が国政に介入していたことが発覚、前代未聞のスキャンダルとなった。

 それじゃなくても「新興宗教」と聞くと、それだけで何やら胡散臭い気がするという人は少なくない。曰く、

 「宗教ほど儲かる商売はない」
 「信者3人で飯が食え」
 「10人でベンツに乗れる」

 こんな陰口をいわれるのも、宗教の名をかたって金儲けをする輩が後を絶たないから。そんな批判に耐えて信念を全うしなければならないのが、新興の宗教団体の宿命でもある。

 では、インチキ宗教にはどんな手口があったのか。江戸の時代に遡ってみてみよう。

 江戸時代、特にボロ儲けだったのが「御開帳」という行事。秘仏を公開してお賽銭を集めるものだが、これがスゴい。

 信州の善光寺が江戸で御開帳をしたときには2万両の賽銭が集まった。現在のお金に換算すると、16億円ぐらい。
 あまりにも儲かるからなのか、善光寺はたびたび御開帳をしている。そのせいか有難味が減り、お賽銭は4,000両程度に減ってしまった。それでも3億以上である。

 もちろん善光寺だけではない。成田不動や身延山久遠寺など有名寺院が次々と江戸で御開帳を催した。

 どんなに賽銭目当ての御開帳が多かったか。天保年間(1830~1844)に寺門静軒は『江戸繁昌記』に、

 日本住の神や仏は、賽銭の仰ぎどころは江戸に限ると胸算用を立ててか、大小となく来迎して開帳を催す。その催しのない月はない

 と揶揄してこう記す。

 今春は19カ所に開帳があった

 まさに、ちょっとした“宗教”ブームである。

貧乏大名がこぞって励んだ “お賽銭ビジネス”

 これに目をつけたのが、藩財政の窮乏に喘ぐ大名たち。

 久留米藩の江戸屋敷では、文化5年(1808)、その敷地内に水天宮を祀って、毎年5日の縁日に一般人に参詣を許した。水天宮の祭神は尼御前大明神というが、水中の失せもの発見、安産に効能ありと大宣伝をしたおかげで、縁日のたびに押すな押すなの行列。賽銭は年間平均4,000~5,000両にのぼったという。
 年間4億円の臨時収入で、たちまち久留米藩の財政は好転した。

 これを諸大名たちが黙って横目で見ているはずはない。たちまち各藩の江戸藩邸に神を祭る社が造られて、その数46に。
 100年前の元禄年間には大名屋敷内にあった社はたった2つだったので、いかに大名家が賽銭稼ぎを目論んだかを物語っている。

 儲かるとなると、聖俗あげて神様をでっち上げるのは今に始まったことではないようだ。

 ところで、江戸は京橋五郎兵衛町にお町という妾が住んでいた。元は紅梅という源氏名で新吉原の遊女をしていたが、気だてがよいので日本橋の質屋与左衛門に見込まれて身請けされた。
 お町は妾になっても慎ましい生活で、与左衛門の妻子や店の者にも慕われていた。

 3年後、与左衛門は風邪をこじらせて急死。その遺言でお町は妾宅と現金300両の遺産を贈られ、与左衛門の妻子からも数百両の心付けとともに長く身内として交際することを求められた。
 しかし、お町は葬儀を終えると家のなかを掃除して、次のような書き置きを残して旅立ってしまった。

「頂きましたお金のうち30両だけはお寺に納めますが、その残りはすべてお返しいたします」

 行き先は房州三原村。その地の妙光寺に30両を納めて「蓮花往生」を遂げたのである。

大蓮華の花弁のなかの地獄絵図

 「蓮花往生」とは、蓮華の花の上で往生(成仏)することだが、いかにも貞女の最後を飾る美しい話である。ところがお町は哀れにも、インチキ宗教に騙されたのだった。

 この「蓮花往生」こそ江戸時代に起こった最も陰惨で悪逆な偽宗教事件である。

 ときは江戸時代も後期の寛政の頃。場所は房州三原(千葉県下)の妙光寺。
 この寺の蓮華堂のなかには2メートルを超える御影石の台石があり、その上に金属製の大蓮華が咲かせてある。この大蓮華の上に座って南無妙法蓮華経を唱えると、眠るように往生できるというもので、当時人気を呼んだ。
 お町がはるばる江戸から三原の妙光寺までやってきたことでも、その人気のほどがうかがえる。

 往生希望者は数十両を妙光寺に納めて、その大蓮華の上に座す。南無妙法蓮華経をくり返すと、蓮台が徐々に沈みだし、それにつれて花弁も1枚ずつ萎み、往生希望者を包んでしまう。
 大蓮華が台石のなかに隠れてから、ややしばらくして再びせり上がってくると、花弁が開く。しかし、そこには往生者の姿はない。無事、蓮華往生を遂げたのである。

 その間、大蓮華の閉じた花弁のなかでは、世にも無惨な光景が展開していた。花弁が閉じると、往生者は下から槍で田楽刺しに突き殺されたのである。

 槍に刺されて、「約束が違う」と泣きわめいても、その悲鳴は閉じた花弁と厚い大石に阻まれ、会葬者のけたたましい読経の声と鉦鼓の音でかき消された。往生者が絶命すると、底板を外して死体を引きずり出し、再び花弁はせり上げられて開く仕掛けだった。
 殺された往生者の死体は火葬にしてから遺族に引き渡されたので、長らく発覚することがなかったのである。

 極楽往生したいという信仰心につけ込んだ、この大仕掛けのインチキ宗教も、ついに江戸町奉行・根岸肥前守の耳に入り、現場を押さえられて御用となった。

 あまりにもどす黒い事件だけに、正確な記録が残っていない。場所も房州の妙光寺ではなく江戸は柏木の長蓮院ともいわれるが、同様の事件が同じ頃に大和(奈良県)でも発覚しているので、実際にこのような事件があったことは間違いない。

 それにしてもインチキ宗教の恐ろしいところは、信者を食い物にするだけではなく、その人生、はては生命まで奪ってしまうことである。だからといって、インチキと本物を見分けるのも難しい。

 で、触らぬ神に祟りなし…か?

▼「今週の話材」
著者 : 古川愛哲<ふるかわ・あいてつ>(フリーライター) 1949年、神奈川県に生まれる。日本大学芸術学部映画学科で映画理論を専攻。放送作家を経て、『やじうま大百科』(角川文庫)で雑学家に。「万年書生」と称し、東西の歴史や民俗学をはじめとする人文科学から科学技術史まで、幅広い好奇心を持ちながら「人間とは何か」を追求。著書に『「散歩学」のすすめ』(中公新書クラレ)、『江戸の歴史は大正時代にねじ曲げられた サムライと庶民365日の真実』(講談社プラスα新書)などがある。
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