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「雇用と賃金」に関する素朴な疑問 第1回

「同一労働同一賃金」で働く人の賃金は平等になりますか?

[ 取材・構成/企業実務オンライン編集部 ]

「同一労働同一賃金」というキーワードが注目を集めています。一見すると、とてもシンプルなメッセージに聞こえますが、本当にそれで平等な賃金制度は実現するのでしょうか? 「同一労働同一賃金」に関する素朴な疑問を日本総合研究所の山田久氏に伺いました。

「同一労働同一賃金」で働く人の賃金は平等になりますか?


そもそも「同一労働同一賃金」とは、どういう意味の言葉なのですか?

 「同一労働同一賃金」は、就業形態や性別、年齢など個人属性に関わらず、同じ仕事であれば同じ賃金を支払うべき、という規範を意味する言葉です。

 本来であれば賃金問題の専門家などが使う〝小難しい〟用語ですが、安倍首相が2016年通常国会における施政方針演説のなかで、非正規雇用者の待遇改善を目指し「同一労働同一賃金の実現に踏み込む」と表明したのをきっかけに、世間の注目を集めるようになりました。

 その後、2016年6月2日に閣議決定した「ニッポン一億総活躍プラン」の働き方改革のなかに「同一労働同一賃金」の実現に向けた施策が盛り込まれました。労働契約法、パートタイム労働法及び労働者派遣法の一括改正等を検討し、早ければ来年にも関連法案を国会に提出することとされています。

欧州で始まった「同一労働同一賃金」の議論

 もともと「同一労働同一賃金」をめぐる議論は、半世紀以上も前に欧州の国々で始まりました。正確には「同一価値労働同一賃金」の議論で、その背景にあったのは「男女間・人種間の賃金格差」問題です。

 「職務給制度」が基本である欧州では「時間あたり賃金は同一である」ことが一般的で、いま日本が直面しているような「正規・非正規間の賃金格差」はそれほど深刻な問題にはなりません。むしろ欧州で問題とされてきたのは、性別や人種によって職務が異なる「職務格差」でした。
 異なる職務間での処遇の公平を実現するため、「同一価値労働」という概念が重視されてきたという経緯があります。

■同一労働同一賃金の概念

【第1段階】「同一労働同一賃金」原則。同一の労働を行なうウェイターもウェイトレスも同一の賃金を支給するべき。
【第2段階】「類似する、あるいは実質的に類似する労働に対しては、同一賃金」。男性のビル管理人と女性の清掃員のように名称は異なっていても実質的には同一の労働を行なっている場合は、同じ賃金を支給すべき。
【第3段階】「同一価値労働同一賃金」原則。異なる職務間でも職務評価システムによって評価された価値が同じであれば、同じ賃金を支給すべき。ILO第100号条約と共通の考え方。
【第4段階】「賃金衡平(ペイ・エクイティ)原則」。上記3段階までは、被害者からの個別的な提訴によって初めて可能となるが、法の規制によって積極的に是正を図り、法の実効性を確保しようとする。

出所:森ますみ(2005)『日本の性差別賃金』有斐閣、171-172頁。木村愛子氏の著作からの引用として記述。

 同じく「同一労働同一賃金」という言葉を使っていても、欧州のそれと日本のそれとでは、課題とするところが大きく異なるのです。

「同じ仕事であれば、同じ賃金を支払うべき」というのは、正規・非正規間にも当てはめやすい考え方のように思えますが…。

 たしかにそういう考えもありますね。しかし実際には「日本の雇用慣行には馴染まない」との声が強く、労使ともに慎重な意見が多いのです。
 とりわけ、いま問題になっている就業形態間での処遇を均等にするには、日本では「正社員と非正社員で賃金の決まり方が異なる」ということが大きな障害となります。

 先に述べた通り、もともと欧州では、同じ職務であれば「時間あたり賃金は同じである」という「職務給制度」が一般的で、職務間においても、「同一労働同一賃金」という基準を受け入れやすい下地がありました。

 しかし日本では、非正社員の賃金は就いている仕事によって決まりますが、正社員の賃金は、そのときに就いている仕事よりも、長期雇用を前提にした「会社人としての総合的な能力」に対する評価によって決まる要素が強い。
 仕事と賃金を分離して、企業内でのみ通用する職能資格によって賃金が決まる「職能給制度」がその典型です。

 成果主義化の流れの下で、職能資格ではなく、ポストに連動させる動きが見られるものの、本質的なところは大きく変わっていません。

たしかに、賃金を決定する基準が違う正社員と非正社員の賃金格差を「同一労働同一賃金」原則で是正することは、新たな〝不公平感〟を生みそうです。

 そうですね、いまの雇用慣行をそのままに「同一労働同一賃金」を実現することは、原理的に難しい面があります。
 しかし、正規・非正規の処遇格差が社会問題となっているなかで、〝職場における公正さ〟の見直しを迫られているのは事実です。「同一労働同一賃金」が、その処方箋の1つであることは間違いありません。

賃金格差が是認される「合理的理由」のルール化を

 じつは欧州においても、すべての国で「同一労働同一賃金」原則が杓子定規に運用されているわけではないのです。

 そのなかでもEU諸国(特にEUの法規制を先導し議論の蓄積が豊富なフランスとドイツ)の運用実態を参考にした「合理的理由のない不利益取扱い禁止原則」で運用するという考え方は、職務給だけでなく職能給を含むどのような賃金制度にも適用することができます。

 日本でも、まずは「合理的理由のない不利益はなくす」という考え方で「同一労働同一賃金を目指す」というのが望ましいと考えられます。

山田 久(やまだ・ひさし)

日本総合研究所調査部長/チーフエコノミスト

1963年、大阪府生まれ。京都大学経済学部卒業後、87年に住友銀行(現三井住友銀行)入行。経済調査部、日本経済研究センター出向を経て、93年から 日本総合研究所へ。2011年から現職。著書に『賃金デフレ』(ちくま新書)、『雇用再生―戦後最悪の危機からどう脱出するか』(日本経済新聞出版社)、『デフレ反転の成長戦略「値下げ・賃下げの罠」からどう脱却するか」など。
株式会社 日本総合研究所

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