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今週の話材「招き猫」

福運を招く「招き猫」には、なぜ右手を上げる説と左手を上げる説があるの?

[ 古川愛哲<ふるかわ・あいてつ>(フリーライター)]

鶴、亀、猿、うさぎ、フクロウ…縁起のいい動物はたくさんあるが、商売繁盛といえば、なんといっても「招き猫」だろう。「左招きは客を呼び、右招きは金運を呼ぶ」などといわれるが、果たして?

「招き猫」には、なぜ右手を上げる説と左手を上げる説があるの?

「招き猫」のポーズの由来はどこから?

 招き猫の起源は「新吉原」の薄雲太夫(うすくもだゆう)に始まる。

 太夫が溺愛していた猫が死んで、商売も顧みないほどとなった。客からお悔やみをいわれると、「ままになるものなら、あちきも一緒に墓に入りとうありんす」などと大真面目で、涙を袖で拭うありさま。

 そこで吉原大門の付近に草堂(道哲寺)を営む通称「土手の道哲」和尚が、一尺ほどの猫塚を建て、暇さえあれば香華(こうげ)をたむけてやった。
 それを知った客の1人が、長崎から伽羅の名木を取り寄せて、それで猫の像を彫らせて薄雲太夫に進呈した。

 太夫は大喜びで、毎日、木造の猫を生きた猫に仕えるがごとくで、あいかわらず客を顧みない。これが江戸のやせ我慢とデレ助根性が入り交じった客をうれしがらせて、ますます薄雲太夫は繁盛した。

 このときの「猫の像」というのが左手を耳のあたりに上げていたので、「招き猫」として流行した。
 このポーズは、中国の故事に、

 狐が顔を洗うときに、左手で耳を過ぎれば、客至る

 とあるのを、博学な道楽者がいい加減にも狐を猫に翻訳したものである。いってみれば、商売繁盛のお稲荷さんの盗作みたいなもんだ。狐にしてみれば、「この泥棒ネコ!」てなものだろう。

猫の手は右と左のどちらを上げているのが正しい?

 もちろん異説もあって、左手ではなく右手を上げている「招き猫」もいる。
 右手のほうは、亭主に死に別れた花川戸の婆さんが始めたという。

 もともと駄菓子を売っていたが、婆さんが1人で菓子を売ってもなかなか客がつかず、ついにその日の生活にも困って、あばら屋を出ることになった。

 そのとき婆さんは飼い猫の頭をなぜて、余儀ない成り行きを説明して、別れを惜しんだ。猫は3遍廻って出ていったが、その夜、猫のくせに夢枕に立って、ニャーという代わりに、

「このとおりの姿を造らせて祀れば、必ず福運が向いてきます」

 と偉そうなことをいって、右の手をひょいと上げた。

 さっそく婆さん、そのとおりの木像を造り神棚に上げて朝夕礼拝していると、不思議なことに福運が向いてきた。
 なぜか金が転がり込んできて、もとの家を買い戻し、商売を始めると、これも理由はわからないが繁盛したので、以前の猫を呼び戻し、めでたく添い遂げたという。

「招き猫」の正体は現代でいうところの〝都市伝説〟?

 なんとも不条理な話なのだが、信仰は不条理な程よいとみえて、このお伽噺が市中に流布し、「招き猫」を買って祈れば、猫さまがニャンでも叶えてくれる、ということになった。
 しかも願い事が1つ叶うと赤い座布団を敷いて、別の願いごとが叶ったら、また「おーい、座布団1枚」と落語の大切りみたいなシステムになっている。

 どうみても薄雲太夫の「招き猫」に便乗したつくり話としか思えない。著作権侵害の抜け道に右招きにして、主人公を婆さんにし、詮索しても証拠が残らないようにしたところなどなかなか老獪だ。

 おかげで、いまではすっかり「左招きは客を呼び、右招きは金運を呼ぶ」などとまことしやかな信仰が定着している。しかも、欲深くも両手を上げた「招き猫」まで登場する始末。
 それじゃバンザイで、商人の世界では「倒産」の意味になるのだが…。ま、いいか。

▼「今週の話材」
著者 : 古川愛哲<ふるかわ・あいてつ>(フリーライター) 1949年、神奈川県に生まれる。日本大学芸術学部映画学科で映画理論を専攻。放送作家を経て、『やじうま大百科』(角川文庫)で雑学家に。「万年書生」と称し、東西の歴史や民俗学をはじめとする人文科学から科学技術史まで、幅広い好奇心を持ちながら「人間とは何か」を追求。著書に『「散歩学」のすすめ』(中公新書クラレ)、『江戸の歴史は大正時代にねじ曲げられた サムライと庶民365日の真実』(講談社プラスα新書)などがある。
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