痴漢と間違われたあなたを待ち受ける「取調べ」とは?
満員の通勤電車から、1人の男性が他の男性に手首を掴まれて引きずり出される。その後を追うように若い女性が降りてきて、そこに駅員が駆けつけてくる…。
最近では、そうした光景を見ることもそう珍しくありません。
もし、あなたが誰かに痴漢と間違われて、他の乗客や駅員などに身体を拘束されてしまったら、おそらくそのまま逮捕され、警察官や検察官から取調べを受けることが予想されます。
「取調べ」と聞くと、犯人とされた人が個室で刑事からネチネチ質問される――そんなシーンを思い浮かべる人が多いかと思われます。
ここでは捜査機関(警察官と検察官)が、痴漢の犯人として間違われた人に対して直接質問をすることで、回答(供述)得ようとする捜査手法と理解しておいてください。
気になる疑問①
警察官や検察官による「取調べ」の目的は?
そもそも捜査機関が、不幸にも痴漢の犯人として濡れ衣を着せられてしまったあなたを取り調べる理由は何でしょうか?
ひと言でいうと、捜査機関は「証拠が欲しい」からです。
痴漢は、強制わいせつ罪(刑法第176条)や迷惑防止条例違反等にあたる犯罪で、最終的には裁判になる可能性があります。その裁判であなたを有罪にするために、必要な証拠を入手する目的で取り調べるのです。
痴漢は、お互いに名前も知らない他人同士が乗りあわせた電車という密室内で、ごく短時間で行われる犯罪です。物的証拠や有力な目撃証言が発見さる保証はありません。
ですから、裁判では、あなたが罪を認めない限り、
「被害者の供述とあなたの供述のどちらが信用できるか?」
ということで、有罪・無罪を決することが少なくないのが現実です。そこで、捜査機関側にとってポイントになるのが、次の3点です。
- 回答(供述)内容が被害者の話や目撃者の証言と重要な点で一致しているか
- 犯人しか知らないはずのことを回答(供述)しているか
- 回答(供述)をきっかけに物的証拠を集めておく…
警察や検察は、「裁判で被疑者を有罪にするのに重要な証拠=被疑者の回答(供述)」が欲しくて、取り調べるのです。そのなかでも最も欲しいのが、あなたが痴漢をしたことを認める供述(=自白)という証拠です。
もちろん、警察官や検察官は取調べをはじめとする捜査を通じ、事件の真実を発見していく立場でもあります。
また本来、検察官は捜査に専念する警察とは異なり、収集した証拠を精査して事件の実態の把握し、犯罪の内容や被疑者の事情を総合考慮して、最終的に起訴するか否かを判断する機関です。ですから、
「自分は無実なのだから、一生懸命に真実を話せば、きっと理解してもらえるはず」
と思うかもしれません。
しかし、無実を証明する物的証拠が発見される保証はありません。しかも、卑劣な痴漢から酷い目にあった女性が涙ながらに勇気を振り絞って「この人が犯人です!」と訴えている…。
こんな状況下では、「話せばわかるはず」という安易な期待はもたないほうが賢明だといえます。
気になる疑問②
取調べにはどのような態度で臨むべき?
間違って痴漢の犯人としてされてしまったあなたは、その後、どのような場所で、どのようにして取調べを受けることになるのでしょうか。
逮捕とその後の手続きについては第1回(いきなり痴漢に間違われて逮捕されたら…いったいそれからどうなる?)にくわしく紹介されていますので、ここでは、実際に痴漢冤罪事件に直面した場面での留意点について、法律家の視点から見ていきます。
①駅舎
まず、あなたは他の乗客や駅員に囲まれながら、駅舎に連れて行かれます。痴漢をされたと被害を訴える女性とは隔離されます。
そして駅員から、「ここで待っていてください」「(警察が)事情はちゃんと聴くから」などと言われてなだめられるケースが多いのではないかと思います。
このとき、周囲の人に自分の言い分を聞いてもらおうとする必要はありません。駅員に話をしたところで、捜査権限がない彼らが何かしてくれるわけではないからです。
むしろ、駅舎で話した内容が、後に駅員の証言として証拠とされる可能性があります。
突然、痴漢呼ばわりをされて駅舎に連れてこられ、冷静でいられる人などいません。
そういうときは、黙っていること。何も話さないでいる(黙秘)に越したことはないのです。
それよりも、最優先でなすべきことは、携帯電話で弁護士と連絡を取ることです。
②警察署
駅舎にいると、間もなく警察官がやってきます。そして警察官が、あなたを所轄の警察署に連れて行きます。
この時点で現行犯逮捕されているという扱いを受けることが多いと思います。
事情を聞くからといわれ、無実を晴らすためにわざわざ警察署に行ったら、逮捕されていたということもあるのです。
このときも、あなたがすべきことは、弁護士に連絡を取ることを求めることです。知り合いの弁護士がいなければ、当番弁護士制度を利用できます。
そして、弁護士と面会してアドバイスを受けるまでは、何も話さない(黙秘)姿勢を貫くことです。
③検察庁
通常、逮捕されてから48時間以内に事件記録とともに検察庁に連れて行かれます(送検)。そして検察庁では、検察官からあなたの言い分を聞かれます(弁解録取)。
検察官は,被害者の話とあなたの言い分を資料として、裁判所に対しては勾留(逮捕に続く身柄拘束)の請求をします。
この時には、すでに弁護士と会ってアドバイスを受けているでしょうから、それを参考にして対応します。
多くの弁護士は、無実を訴える被疑者に対して、「何も話さない(黙秘)」ことを勧めるはずです。それは、取調べにおけるあなたの回答(供述)が不利な証拠となるのを防ぐためです。
その場合には「身に覚えがありません」というような内容の弁解録取書(調書)が作成されます。
そして、検察官がその調書にあなたの署名と指印(印鑑の代わりに左手の人差し指で押印する方法)を求めてきますが、拒否するべきです。
調書に署名・押印すると、その調書に証拠としての信用性が与えられます。ですから、何も検察の証拠づくりの作業に協力する必要はありません。
「自分には身に覚えがないという、無実を示す自分に有利な証拠の作成になるのだから、良いのでは?」
そのように思う方も多いかもしれませんが、検察官が作る調書が「あなたにとって有利な証拠となる」という確証はないのです。
④裁判所
次に、検察庁から裁判所へ連れて行かれます。
裁判所では、裁判官が、検察官からの勾留請求に基づいて、あなたを勾留するかどうかをその場で判断します。現在、東京では送検の翌日に勾留質問をする運用となっており、それ以外の地域では、送検と同じ日に裁判所で勾留質問をする運用が多いようです。
その際に、裁判官から直接、あなたの言い分を聞かれることになります。
そこで何を答えるべきかについては、それぞれの事情によって違ってきます。弁護士からのアドバイスを参考にして、気持ちを落ち着けて臨んでください。
あなたがやっていないということであれば、「黙秘」を勧める弁護士が多いと思います。