捜査機関はどんな取り調べであなたに自白を迫ってくるか
前回までで、痴漢に疑われて逮捕された後の大まかな流れと法律的な留意点についてはご理解いただけたと思います。
今回はより具体的に、警察官や検察官による取り調べ(送検される前の警察官による取り調べ、送検後の警察官及び検察官による取り調べ)についてお話ししたいと思います。
痴漢と疑われたあなたにとって、この取り調べこそが心して対処しなければならない大事なメインイベントと考えましょう。
むろん事件ごとに事情は異なります。したがって、以下のことが一般論になってしまう点はご了解ください。
さて、あなたは警察の取り調べを受けることになりました。まず送検される前に、警察官は「身上経歴調書」」というものを作成しようとします。これは言うなれば、履歴書のようなものです。
- 年齢
- 住所
- 職業
- 家族構成
- 前科等
こうした経歴について警察官から質問され、それに答えると、あなたが供述したものとして「供述調書」という証拠にされます。これも、証拠の一つになりますから、作成に協力する必要はありません。黙秘して構いません。
そして、いよいよ痴漢行為についての具体的な取り調べが始まります。
気になる疑問①
「認めてしまえば、楽になれる」は本当か?
ここで、痴漢の容疑で逮捕・勾留されているあなたの状況を考えてみましょう。
痴漢で逮捕された場合の被疑事実(容疑)は、迷惑防止条例違反または強制わいせつ罪です。ちなみに、東京都では迷惑防止条例というのは略称で、正式には「公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例」といいます。
痴漢行為が迷惑防止条例違反とされた場合の法定刑は、東京都では6月以下の懲役または罰金となっています(同条例第8条1項2号・第5条1項1号)。そして、認めてしまえば、初犯ならば略式手続(公開法廷に行かない簡略な手続)による罰金刑で済む場合がほとんどなのが実情です。
一方、痴漢行為が強制わいせつ罪とされた場合の法定刑は、6月以上10年以下の懲役となっていて(刑法第176条)、略式手続もあり得る罰金は想定されていません。
ですが、初犯であれば執行猶予が付されることが多く、また親告罪ですので、罪を認めて起訴される前に被害者と示談をして告訴を取り消してもらえば、裁判になることはありません。
また、痴漢事件は、認めた場合、あなたのように有職者であり家族の協力を得られるような方は早期に身柄が解放される傾向にあります。
これらが、
「痴漢は認めてしまうと、楽になれる」
そういわれる所以です。
しかしこの言葉は、無実のあなたとって究極の選択を迫る言葉です。
〈認めてしまえば、釈放されて家族に会えるし職場場復帰もできる。初犯なら略式罰金(迷惑防止条例違反の場合)の前科一犯で済む。
逆に否認し続けると、裁判で無罪を勝ち取れたとしても、逮捕勾留が続いて家族も仕事も失ってしまうかもしれない…〉
〈それだったら破廉恥漢の汚名の屈辱に耐えたほうが得かもしれない、それが大人の生きる知恵かも…?〉
これらが〝虚偽の自白〟への誘惑なのです。
ここからは、あくまでも筆者の個人的意見としてお読みください。
早く警察署から出たいとの一心で、一生、破廉恥漢の前科者という汚名を背負う覚悟を本当にできるものなのでしょうか?
最近、東京では裁判官が検察官の勾留請求を認めず(却下)、身柄が解放されてその後は在宅捜査となるケースも増えてきています。不幸にも勾留されて起訴されても、保釈手続を通じて勾留から解放されることもできます。
一方で、いったん痴漢を認めた供述調書が作成されてしまうと、これを後々にひっくり返すことは至難の業です。
早く解放されたいがために、やってもいない罪を認めることは、「後悔先に立たず」という結果を招かないでしょうか?
気になる疑問②
警察や検察は、何を・どのように聞いてくるのか?
痴漢の濡れ衣を着せられたあなたは、当然、容疑を否認します。否認するあなたに対して、警察や検察は、どのようにして自白を引き出そうとするでしょう。また、そのときに警察官や検察官がいう言葉は、どこまで信じていいのでしょうか。
以下に、典型的と思われる例を紹介します。
●利益誘導…「認めれば、早く出られる」
先ほども述べたとおり、確かに痴漢事件は認めると早く身柄開放をする傾向にはあります。
しかし、仮にこうしたことを警察官にいわれたとしても、身柄開放するか否かを決定するのは検察官であり、警察官ではありません。
また、起訴前の勾留は一般的には10日間単位で運用されるので、認めた瞬間に開放されるという保証はありません。
●利益誘導…「初犯なら、罰金で済む」
罰金といえども立派な前科です。
そして前科を負った場合、勤務先の就業規則との関係で面倒なことになってしまう可能性はありませんか?
○威迫…「黙秘していると、裁判で不利になる」
憲法第38条1項で被疑者や被告人には黙秘権が保障されています。黙秘していたからといって、裁判で不利に扱われること自体が憲法違反です。
○威迫…「証拠がある」
痴漢事件の裁判では、被害者や目撃者の証言の他、DNA鑑定(あなたが触ったとされる被害者の衣服等からあなたのDNAが発見されたのか?)や繊維鑑定(あなたが被害者を触ったとされる手のひら等から被害者が着ていた衣服の繊維が発見されたか?)といった科学的な証拠が用いられることもあります。
被害者や目撃者の証言の信用性は裁判を通じて判断されるのですから、最初から被害者や目撃者の証言が信用できる証拠とするのは本末転倒です。また科学的証拠が十分に収集されていない段階で、「証拠がある」というのは捜査機関の勇み足です。
○威迫…「恥を忍んでまで被害を訴えている被害者を嘘つき呼ばわりするのか」
刑事事件の捜査・裁判における「嘘」とは、自分の記憶に反することを述べることです。
被害者は自分の記憶に反してまで「嘘」の証言をしているのではなく、単に勘違いをしている(鞄が当たっていただけ、真犯人は別にいる等々)に過ぎないのです(一部の美人局的な事件を除いて)。
ですから、あなたが否認すること・黙秘することは、被害者を「嘘つき」呼ばわりすることにはなりません。
大事なことは、取調官が話していた被害者が証言している被害状況(具体的な痴漢行為の態様)について覚えておいて、その内容を弁護士との接見で話すことです。
○威迫…「あなた以外に真犯人がいると思うのか」
刑事手続において被疑者・被告人が真犯人の存在を立証する義務はありません。それを調べるのが捜査機関です。
やってもいないことで疑いをかけられているあなたが、自分からわざわざ罪の意識を持つ必要はないのです。
気になる疑問③
絶対に「してはいけないこと」、逆に「するべきこと」は?
取り調べの目的が、「あなたを有罪にするために必要な証拠を入手するため」であるなら、逆から見ると次のようにいえるかもしれません。
捜査担当者は、あなたを有罪にしやすいように、あなたが事実上自白しているような供述調書や、信用性が認められないような供述調書を作成しようとしてきます。そのような供述を証拠とされてしまうと、「被害者とあなたの供述のどちらのほうに信用性があるのか?」について法廷で戦う前に結果は出てしまうことになります。
ですから、「やっていないことは、絶対にやっていない」と主張するのであれば、
① 記憶に反することや記憶が曖昧なことは話さない、認めない
② 曖昧な表現はしない
ことが重要です。弁護士からアドバイスを受けて供述(回答)する時でも、「そうとも言えるかもしれません」「そういうこともあり得ます」等々の表現はしてはいけません。これらの表現は、認めていると評価されてしまう可能性が高いからです。
何よりも中途半端に供述(回答)すべきではありません。弁護士のアドバイスを受けない限りは、黙秘すべきです。
というのも、あなたが「自分の無実を晴らすのに役立つ事情だ」と考えて話したことが、実際に作成された調書ではその内容・ニュアンスの点で異なってしまっていて、結果的にあなたにとって不利に用いられてしまうことは決して珍しくはないからです。
また、あなたの供述が客観的証拠と矛盾してしまうと、あなたの供述自体を信用してもらえなくなる可能性もあります。
満員電車内でのことをすべて正確に覚えている自信がある方は少ないのではないかと思います。
そして、「痴漢扱いされている!」という酷い屈辱感にまみれながら、威圧的な警察署に閉じ込められ、頭のなかでは常に家族や会社のことを心配し、そして今後の生活への大きな不安がよぎっているはずです。
そのような精神状態で、満員電車内で起きたことを正確に思い出し、自分にとって何が有利で不利なのかについて冷静に判断して自分が痴漢犯人ではないと理論的に説明することは、思うほどに簡単なことではないのではないでしょうか。
だからこそ、痴漢を疑われて逮捕されたら、まず弁護士に連絡を取り、弁護士からアドバイスを受けるまでは、自分からは何も話さない姿勢が重要になるのです。