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今週の話材「名言」

「健全な精神は健全な肉体に宿る」って本当? 誤用だらけの名言の由来

[ 古川愛哲<ふるかわ・あいてつ>(フリーライター)]

入学式や入社式などでよく聞く「初心忘るべからず」という言葉。新入生や新社会人へのエールとして使われるのだが、そもそもの意味をご存知だろうか。じつこれ、あまり言われて嬉しい言葉ではないのだ…。

誤用だらけの名言の由来

「初心忘るべからず」の本当の意味

 とかく名言・名文句には誤解が多い。たとえば、社長さんや先生たちが好きな名文句に、「初心忘るべからず」というのがある。世阿弥が能の奥義を伝える『花鏡』に書いた言葉だが、これもひどく誤解されている。

 入学式や入社式などの挨拶で、「諸君、『初心忘るべからず』と言う。希望に燃えていた頃の初々しい気持ちを忘れないでほしい」などと使うが、この言葉の本当の意味は、「初心の未熟で醜い段階を忘れてはいけない」ということ。

 世阿弥がいうところの“初心忘るべからず”とは、「初心の頃の下手さ加減を覚えておけよ、そうすれば後でどのくらい上達したかがわかる」というものだ。つまり、新入社員に向かって「初心忘るべからずで頑張ってほしい」と話すのは、

「君たちは下手くそで未熟だ。その未熟さを覚えておけ。一人前になっても大きな顔をするなよ」

 ということになる。

 文科省ご用達の名文句、「健全な精神は健全な肉体に宿る」というのも困ったものだ。これは古代ローマの詩人ユヴェナリウスの言葉だが、不健全な誤訳がされて、それがまかり通っている。

 もともとの言葉は、「健全なる肉体の中に、健全なる心」。「宿る」とはどこにも書いてない。
 その意味は、「賢明な人間が神に願うのは、健全な精神と健全な肉体、この2つさえあれば、それだけで満足するべきである」というもの。せめて健全な精神と肉体さえあれば、それ以上高望みするなよ、という程度の言葉で、健全な肉体の人が自慢げに言うほどのものでもない。

 誰かが「宿る」と余計なことを付け加えたおかげで、筆者には到底納得できない言葉になった。なぜなら、現実には「健全な精神は、不健全な肉体に宿る」のである。

 たとえば三重苦で知られるヘレンケラー女史の健全な精神。「永久平和論」を唱えた哲学者カントの不健全な肉体。近代思想の祖といわれる思想家ルソーの持病との戦い…等々、実例は枚挙にいとまがない。
 そして「健全な精神が健全な肉体に宿らない」例も、これまた枚挙にいとまがない…。

「男子の本懐」は誰の言葉か?

 誤解でなく、他人によって味付けされた名言というのもある。たとえば――。

 「板垣死すとも自由は死せず」とは、ご存知自由民権運動の立役者・板垣退助の名言。明治15年4月6日、岐阜を訪問したとき、暴漢に襲われ、犯人を睨みつけながらと叫んだ言葉――とされているが、事件直後の新聞には、この台詞はない。

 事件から6日後の『東京日日新聞』に、こうある。

「(病床の板垣退助が)静かに呼んで曰く、諸君、嘆ずるなかれ、板垣退助死するも日本の自由は滅せざるなり…」

 傷も治りつつある6日後に、それも静かに語ったのだから、全然ドラマチックじゃない。これを名台詞に仕立て上げた男が周辺にいたらしい。

 とにかくこの台詞のおかげで、板垣退助は自由のために散った悲劇の政治家との印象を後世に与えた。
 あたかもこの時、死んだような印象だが、死んだのはこの事件から36年後。82歳の天寿を全うした。

 「男子の本懐」というのも有名な言葉だ。

 昭和5年11月14日、東京駅で凶漢に襲われた、時の首相・浜口雄幸が言った言葉と伝えられている。事件を報じる翌日付の『大阪朝日新聞』に、首相の最後の言葉として報道された。

 ところが、これも新聞記者の創作というのが定説。事件直後に記者たちが、秘書官や医者を取り囲んで取材した。記者が、「首相は何か言わなかったか?」と問うのに、「別に…」と秘書官。これでは記事にならない。記者がはやって、

「例えば、男子の本懐とか…」
「まあ、そんな気持ちだろうな」

 これが翌日の新聞に「首相は『男子の本懐』と叫んだ」ということになった。亡くなった浜口雄幸も、さぞや驚いたことだろう。

「いかに誠実に嘘をつくか…」

 三木武吉という個性的な政治家がいた。この人は数々の名言を残しているが、現在にも通じるのは、やはりこの言葉だろう。

「嘘をつかない政治家はいない。僕はいかに誠実に嘘をつくかで苦労している」

 その誠実な嘘の代表が、国会での答弁だろうか。ここで使われる言葉は、その真意を読み取るのに独特な翻訳スキルがいる。さる政治部記者の解説を紹介すると――。

「前向きに努力するにやぶさかではありません」(できません)
「研究してみます」(やりません)
「前向きの姿勢で検討し善処します」(話だけ聞いておきます)

 と、まあじつに難しい。

 日本の政治家の言葉の曖昧さは、戦前から知られていた。ここに注目して、「戦争は日本の負け」と予言したイギリス人がいた。その理由は、

「日本語は曖昧で、複雑な情報伝達に失敗するからだ」

 しかし、三木武吉らが活躍した時代に比べると、最近の政治家が使う言葉はずいぶんわかりやすい。それでも(それだからこそ?)“誤解を与えた”として謝罪する政治家が跡を絶たない。

 言葉というのは本当に難しい。

▼「今週の話材」
著者 : 古川愛哲<ふるかわ・あいてつ>(フリーライター) 1949年、神奈川県に生まれる。日本大学芸術学部映画学科で映画理論を専攻。放送作家を経て、『やじうま大百科』(角川文庫)で雑学家に。「万年書生」と称し、東西の歴史や民俗学をはじめとする人文科学から科学技術史まで、幅広い好奇心を持ちながら「人間とは何か」を追求。著書に『「散歩学」のすすめ』(中公新書クラレ)、『江戸の歴史は大正時代にねじ曲げられた サムライと庶民365日の真実』(講談社プラスα新書)などがある。
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