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風景を読む“知的”散歩術のススメ 第8回

ヨーロッパの貴婦人に“日本のバラ”と呼ばれた「椿」

[ 古川愛哲<ふるかわ・あいてつ>(フリーライター)]

古寺社や古跡の樹木も無意味に植えられているわけではない。それぞれ樹木には、漢文化由来の意味がある。樹木がしめす意味や象徴を考えて風景を見直すと、また新しい発見があるにちがいない。

椿は主に本州の海岸付近に分布する。中世末期の熊野の歩き巫女と呼ばれる女性は、熊野御師と連れ立って全国を回った。その際、男は梛木を手にし、女は椿を手にしていた、と柳田国男は推測している。古来より椿油は不老長寿の油で知られ、椿は神聖な占いの花だったので、転じて椿を庭に植えることを避けた。以来、椿の花の落ちる風情から武家は首が落ちる、と嫌った。

  • 椿
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―― 椿は主に本州の海岸付近に分布する。

 中世末期の熊野の歩き巫女と呼ばれる女性は、熊野御師と連れ立って全国を回った。その際、男は梛木を手にし、女は椿を手にしていた、と柳田国男は推測している。

 古来より椿油は不老長寿の油で知られ、椿は神聖な占いの花だったので、転じて椿を庭に植えることを避けた。以来、椿の花の落ちる風情から武家は首が落ちる、と嫌った。

 西洋の椿も日本から渡ったものである。戦国時代末期にイエズス会の宣教師がヨーロッパに伝えたが、本部のあるパリの王宮の温室に長く栽培された。その間 300 年。ナポレオンの皇后ジョセフィーヌが宮廷温室の椿の花を愛して、常に衣装に椿をあしらった。そこからデュマの小説『椿姫』が生まれて、オペラ『椿姫』に。

 以上はフランス高等社会科学院歴史センターのアンヌ・マルタン=フュジェの記述。当時、椿は「日本のバラ」と呼ばれてヨーロッパ貴婦人のファッションの一部となった。

▼連載「風景を読む“知的”散歩術のススメ」
著者 : 古川愛哲<ふるかわ・あいてつ>(フリーライター) 1949年、神奈川県に生まれる。日本大学芸術学部映画学科で映画理論を専攻。放送作家を経て、『やじうま大百科』(角川文庫)で雑学家に。「万年書生」と称し、東西の歴史や民俗学をはじめとする人文科学から科学技術史まで、幅広い好奇心を持ちながら「人間とは何か」を追求。著書に『「散歩学」のすすめ』(中公新書クラレ)、『江戸の歴史は大正時代にねじ曲げられた サムライと庶民365日の真実』(講談社プラスα新書)などがある。
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